福田正彦
4.日常航海(続き)
4-4 当直(ワッチ)
航海中の帆船は全員が眠ることはない。常に乗組員の半数は仕事、半数は休憩だが、いざとなれば全員が事に当たる。戦闘時はもちろんのこと荒天であったり特別な作業があったりすればおちおち休んではいられない。船はオカと違って日常は4時間単位で動く。寝るにしても最長4時間、これを2回繰り返して理屈の上では8時間近く寝ることができる。この当直制度は伝統的なもので、今日に至るまで船の生活を支配している。当直(ワッチ)はどのようなものか、表にしてみたのでご覧いただきたい。
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ワッチ(当直)の内容 |
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回数 |
名称 |
時間帯 |
主な仕事 |
備考 |
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1 |
ミッドナイト・ワッチ |
00:00~04:00 |
舵取り、見張りなど |
航海中最も静な時間 |
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2 |
モーニング・ワッチ |
04:00~08:00 |
起床、デッキ掃除、帆の点検、ロープ点検、観測など |
日の出後の船位測定 |
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3 |
フォアヌーン・ワッチ |
08:00~12:00 |
もっとも作業が多い。修理、ロープ作業、帆の調整、各種訓練 |
艦長、士官は航海計画の確認などを行う |
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4 |
アフタヌーン・ワッチ |
12:00~16:00 |
整備作業、当直の訓練、その他の訓練等 |
昼食後で比較的穏やかな時間帯 |
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5 |
ドッグ・ワッチ (前半) |
16:00~18:00 |
18時に夕食、20時には消灯、昼食が主で夕食は質素。娯楽を楽しむ時間帯。楽器、カード、唄など |
これ設けることで当直が毎日同じにならない |
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6 |
ドッグ・ワッチ (後半) |
18:00~20:00 |
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7 |
ファースト・ワッチ |
20:00~24:00 |
夜間巡検、航海灯や舵のチェック、見張りの強化 |
夜間の見張りは重要 |
大ざっぱにいうと上の表のようになるのだが、これは主に通常の乗組員の作業を示している。士官階級はワッチの時間帯は同じだが、もちろん作業は違う。ここで重要なのは「ドッグ・ワッチ」で、この制度がないとある当直班は毎日ミッドナイト・ワッチを行うことになってしまう。4時間のことだが、真夜中の00:00から04:00までの当直を毎日行うとなるとやっぱり大変だ。午前4時はもう起床時刻だからモーニング・ワッチとは大分感じが違うといっていい。

時鐘と砂時計:
ところでこういった時間帯をどうやって乗組員に知らせたかというと、時鐘(シップズ・ベル)を打って知らせた。右の絵は初代日本丸の時鐘だが、多くの時鐘にはその船名が刻印されている。時鐘は1つのワッチを30分おきに知らせるように打っている。つまり当直の開始から30分経つ1点鐘から始まって1時間で2点鐘・・と続き、最後の4時間が終わるときに8点鐘となる。したがって8点鐘とは当直の交代を意味している。ドッグ・ワッチの時は4点鐘が当直交代時になるのはもちろんだ。
余談だが「八点鐘が鳴るとき」という題名のアリステア・マクリーンの小説がある。マクリーンは「女王陛下のユリシーズ号」で有名だが、これを原作として1971年にイギリスでアクション映画が公開された。内容は当直交代とは関係なさそうだが、8点鐘という言葉は何となく響きがいい。
時鐘を打つには独特の方法があって、これは海上で聞き取りやすい方法だといわれている。1点鐘の場合はもちろん1つ鳴らすのだが、4点鐘の場合は「カン・カン」+「カン・カン」と2つに分けて鳴らす。5点鐘ならその後に「カン」と一つを追加する。また時鐘には時刻を知らせる役目ばかりではなく、非常警報の役割もあった。その一つが火事だ。当時の帆船は木造だし、ロープや帆という燃えやすいものがそこら中にある。だから火事が一番こわい存在だった。もし何らかの原因で火災が起きたら、時鐘はリズムなしの連打「カンカンカンカン・・・」と打つ。
もう一つ、船上作業でも操帆作業でも人が海に落ちる(マン・オーバーボード)ことが起こりうる。人命は貴重だからすぐに救助作業をする必要があるのだが、操船上もなるべく早くそれを知ることが必要だ。この場合時鐘は最初に連打で注意を曳き(火災警報と同じだ)、そのあと「カン‥‥カン‥‥カン‥‥」と間隔を開けて鳴らす。できれば救命浮き輪を投げ、船を止めるか、回転して救命艇を降ろすという作業が行われるだろう。

霧が深くて視界が限られる場合も警報の必要がある。現在でも霧笛を鳴らすことがあるようだが、帆船時代は時鐘がその役割を担った。船が止まっているとき、2分おきに鐘を約5秒間連打して、本艦がここに停船していることを知らせる。これが国際的に「停船中」の合図になったという。
ところで、30分おきという時刻をどうやって知ったかということだが、前回に述べたように精密なクロノメーターをその都度持ち出すことはかなったと思われる。クロノメーターはあまりにも貴重な装置だからだ。本艦ではそれを砂時計で測っている。右の絵はその砂時計だが、オークやマホガニーの木材で枠を作り、転倒を防ぎ、すぐひっくり返せるようにロープで吊るされている。中の砂は文字通りの砂ではなくて、石膏、卵殻、大理石粉などが使われたらしい。これは湿気を避けるためといわれている。ガラスはどうも歪んでいるようだが砂の量で30分をきちんと調整したという。
右の絵の砂時計は大きさでいうと長さが20㎝程度、直径は10㎝程度だったらしい。ワッチを告げる時刻の測定にはこれで十分だったと思われるが、砂の種類や粒度、あるいは船の揺れによる影響など長い間にはどうしてもかなりの誤差が出るだろう。ぼくの推定だが、一定日数ごとにクロノメーターと照らして修正が行われたのではないかと思う。その意味であなたの時代には時刻の測定はクロノメーターが担い、ワッチの時鐘には伝統的に砂時計が使われたといっていい。

4-5 通常配置
舵取り:
航海関連の当直は先ず舵取りだろう。舵手(ヘルムズマン)が通常複数で当直に当たる。これは当直士官の指示に従って船の進路を保つのが役割だ。もちろんその指針となるのが羅針盤(ビナクル)でそのイメージ図が右の絵だが、当時どのように指示を出していたかは分からない。ぼくの経験だとブリッジでパイロットが舵手に「スリー・スリー・トゥ」と静かにいうと舵手は「スリー・スリー・トゥ・サー」と答えて舵輪を回して、332度に定針していたが、これは帆装客船スター・フライヤーのコペンハーゲン入港時の話だ。まあ当時も似たような指示を出していたのだろう。もっとも海洋小説には「大舵を取るな、このバカもん!」と当直士官が怒鳴ることが出てくる。船が大きくなるほど舵の変針と船の動きの間には時間差が出るから、舵をいっぺんに大きくきると後の修正が大変なのだ。
大まかにいうと、本艦の乗組員は大きく二つに分けてワッチの配置がなされる。例えば右舷班、左舷班といった次第だ。六等級フリゲート艦である本艦の乗組員数はほぼ200人。艦長であるあなたに当直の義務はないが、出港時や入港時、および必要な場合には必ずクオーターデッキに出る義務がある。海尉と士官候補生は合計8名だから4名ごとの2班に分ける。副長と若年海尉1名+経験を積んだ士官候補生1名+未経験士官候補生1名が1班、ベテラン海尉1名と経験を積んだ士官候補生2名+未経験の士官候補生1名がもう1つの班といった具合だ。指揮系統にある士官たちは常に経験を積めるようにうまく配置しなければならない。准士官や下士官の配置も同様で、ただ各人の能力もあるから単に経験があるというだけではなくその実績も十分に考慮して配置を決めていることだろう。
見張り:
航海当直の第2が見張り(ルックアウツ)だ。外洋航行中はほとんど海ばかり見ているから、陸地や船を発見したりしたら大騒ぎになる。特に船の発見は戦闘になる可能性があるから、本艦に緊張をもたらす。六等級フリゲート艦のクロスツリーは海面上から高さ35mほどだが、地球は丸いからこの場所からの視界はほぼ21㎞までになる。
上の図を見てほしい。相手が同じような艦だとするとクロスツリーから相手艦の最上部の帆を発見した場合の相互距離はほぼ44㎞になる。仮に上甲板からしか見えないとすれば人の高さを入れて海面上8mほどになるからその視程はほぼ10㎞と半減する。これは敵艦との遭遇までの時間が半減することを意味しているから、戦闘準備に重大は影響を及ぼすのだ。高所見張りがいかに重要かが分かるだろう。
もちろん船は前からばかり来るとは限らない。横からも、場合によっては後ろからも来るから、何人かの見張りは海面上のある角度を担当して繰り返して見張る。きわめて単調な作業で長時間にわたるからつい疲れてうとうとすることもありそうなのだが、これは重大な誤りを犯すことにもつながる。英国の戦時条例では見張りが居眠りをした場合、死刑と定めている。あなたは艦長として見張り要員に十分その重要性を認識させる必要があるし、特に夜間の見張りは士官を定期的に巡回させて注意を促すようにしているはずだ。
見張りの勤務はかなり過酷といっていい。その原因の1つが睡眠時間にある。例えばミッドナイト・ワッチが終わってモーニング・ワッチに休みを取ろうとしてもいろいろな作業があってつい眠る時間が短くなる。ハンモックに潜り込んだとしても周囲の活動音もあって、すぐにぐっすりとはいかないかもしれない。4時間の2回睡眠が原則だろうが、実際の睡眠時間は合計で3~7時間だったという。こういった状況が連続すればそれでなくとも眠い若者の水兵がついうとうとするのも分かろうというものだ。
しかし見張りが居眠りをし、それが公式に摘発されて死刑になるとなれば、なんといっても艦長たるあなたの監督責任が問われるだろう。少なくとも提督たちのあなたに対する印象は最悪となることは間違いない。実際には当時の英国海軍で居眠りによる死刑は実例がほとんどないという。過酷なワッチで居眠りは頻発したようだが、その度に死刑では乗組員がいなくなる危険性がある。ある程度の懲罰で処理されたというが、まあ当然だろう。
船の発見などは稀なことだが、見張りが常に何を見ていたかを列挙してみよう。まず海面の状況で、砕け波(浅瀬、暗礁の発見)、波色の変化(浅瀬の発見)、白浪の線(砂洲の発見)などで、場合によっては船が座礁する危険がある。次が漂流物で、流木、難破船の残骸、氷山(北大西洋で)、クジラ、漁網などで、これらは船体に重大な損害を与える危険がある。更に天候では雲の種類、その移動の速さ、雲底の暗さ、黒い積乱雲、雲下の白いカーテン(スコール)、急な風向変化などを事前に知って対応する必要があるが、その最前線で報告するのが見張りだ。4時間のワッチでこのような過酷な作業が行われるのだから、まあ居眠りが出ても当然かもしれない。
船の発見と艦長の判断:
ワッチから船の帆が見えた(Sail Ho!)の報告があるとそれに対処するのは艦長であるあなたの責任だ。通常水兵の見張りは望遠鏡を持たず肉眼で見張る。これは両手で身体を保持する必要があるのと、望遠鏡を落とす危険があるためだ。そこで先ずあなたは信頼できる士官か士官候補生に望遠鏡を持たせて詳細を確認させるだろう。見えた方角は分かっているが、相手船の帆が横帆か、縦帆か、進路はどうかなど刻々と状況が変わる中であなたは判断しなければならない。
本艦の横ないしは後ろから来る縦帆の小型艦なら連絡用のスループ艦である可能性が高い。もちろん早計に判断してはいけないが、この海域の連絡艦なら知っている船もあるし、遠くからその掲揚旗の確認、艦名や識別信号のやり取りで確認できる。比較的楽に判断できるといっていい。それ以外の船に遭遇した場合、この海域では敵性の可能性が高い。海賊(文字通りの海賊“パイレーツ”で、一定の規範下で行動する私掠船”プライバティーア“ではない)も多いが、特別な目的がなければ六等級フリゲート艦にまともに戦いを挑む船長はまあいないだろう。
同等あるいはそれ以上の戦闘艦に遭遇した場合の判断が最も難しい。まずは敵か味方かの判断が必要だ。掲揚されている軍艦旗が英国を示していたとしてもあてにはならない。砲戦開始直前に自国の旗を掲揚するならば、他国の旗でごまかしながら敵艦に接近することは戦術の1つとして許容されている。したがって艦名の確認、識別信号のやり取りで怪しい行動がないかどうかを確認する必要がある。もう一つ難しいのは現在時点でフランス、あるいはスペインなどの国と英国が戦闘状態にあるかどうかの判断だ。ナポレオン戦争で長年戦闘状態にあるとはいえ、アミアン協定による平和時もあったのだ。
そこで艦長たるあなたはどのような状況にも対処できるように準備しなければならない。多くの艦長はこういった場合には「戦闘準備」を下命するだろう。
日常の作業:
当時の帆船は木造だし、大勢の人間が乗っている。当然汚れも多いしほっておけば木が腐って大ごとになる。特に甲板は清掃が必須なのだ。そこで朝4時からのモーニング・ワッチでは大勢で甲板掃除が毎日行われる。先ず“ホーリーストーン”という砂岩のブロックで甲板をこする。膝をついてこするこの作業はかなりきつい。もっともそれで甲板は白くなるのだ。右の写真はかなり近代のもののようだが作業に変わりはない。そのあとモップで仕上げ乾燥させる。
常に使用する帆の修繕も大切な作業だが、これには専門家の手が必要で、艦内では縫帆手(セール・メーカー)が担当する。本艦には荒天用の厚い帆と一般に使う帆とがあり、製帆用の生地もたくさん積んでいる。戦闘時の損傷はもちろんだが、日常の消耗も激しい。何しろ当時の船で帆は現代船のエンジンに相当するから縫帆手の仕事は尽きることがなかった。
もう一つ、日常作業で大事なのはロープの維持だ。ロープ類は毎日常に使用されるものだし、これに問題があれば航海にも戦闘にも重大な影響を及ぼす。静索(スタンディング・リギング)は固定されていてタール類で保護されてはいるが、航海中常にストレスがかかるのは当然で、少しでもゆるみがないか、あるいはサービングなどに乱れはないかなど常に監視する必要がある。一方で動索(ランニング・リギング)は航海中常に使われるから消耗も激しい。荒天時や戦闘中にロープが切れれば艦全体に影響も出てくるだろう。古いロープの取り換え、切れたロープの組接ぎなど日常作業の典型だが、最終的には使えないロープを裁断してコーキング材にするまでが掌帆長(ボースン)を責任者とする一群の仕事になる。
船体の塗装についても日常作業の一環だが、これは主に停泊中に行われる。英国艦は黒と砲列部分の黄色の色分け(ネルソン・チェッカーと呼ばれている)で、基本的には造船所で塗装されるのだが、船体の銅板張りと同じく船体塗装も腐敗を防ぐ意味があり、この一群の大事な仕事だ。
水兵を忙しくさせる意味
当時の海軍の軍艦を運用するうえで最も恐れられたのが “反乱“ だ。以前にも述べたが、当時の水兵は国王に忠誠を誓った軍人ではない。多くの水兵はまともな人間だが、要員の不足に従って犯罪者、意に反して徴募された一般人などがその数を増してくる。艦の運用で何らかの不公平や鬱憤が溜まれば反乱の危険が増す。そのために海兵隊が乗船しているのだが、これとても万全ではない。
ただ反乱は航海中の孤立した軍艦の中で突然起こることはない。不満が鬱積し、それが少しずつ蔓延して、ある特定のリーダーが誕生しそれを中心にグループが形成されてから反乱がおこる。真夜中の船倉に収容されたケーブルを背に反乱を計画するという話が海洋小説に出てくるが、こういった時間の余裕を水兵に与えない、というのが反乱予防の第一だと考えられていたのだ。
夕方のドッグ・ワッチ前半ごろの甲板上のくつろぎの時間は別として、勤務中には水兵を仕事で忙殺させるのが最上の方法だと管理者は信じていた。日常必要な作業はもちろん、時には必要でない作業も強制する。「水兵を常に忙しくさせろ」が軍艦運用の基本だった。意図的な反乱は別として、不平の真の原因の多くは軍艦運用の不公平さにある。艦長や士官の意図的な贔屓、乱暴な命令、懲罰頻度の増加や相手次第での不公平などがあると反乱が芽を出す危険が増す。
あなたは艦長として、厳しさは必要としても公正な運用を心掛けているはずだ。それが軍艦の指揮に絶対必要だとあなたが確信していることは、これまでの経歴が証明している。