福田 正彦
3-1 封緘(ふうかん)命令書
翌早朝に提督から最後の命令書が届いた。かなり分厚い命令書だがこれには付属の文書があって、最後の命令書は北緯48度線を通過後に開封するように命令されている。いわゆる封緘命令書だ。

これはも ちろん機密保持のためで、あなたは直ちに副長を呼んで封緘命令書を北緯48度線通過後に開封することを共に確認する。カリブ海諸島へ行くことは事前に命令されているが、その作戦の詳細は最後の封緘命令に記されているはずだ。あなたにはもちろんのこと、多くの艦長にとって命令書の内容を副長に話すかどうかは難しい問題だ。
艦長であるあなたが戦死すれば当然本艦の指揮は副長が取ることになる。海軍本部の命令を知らなければ副長は任務を果たすことはできない。しかし、機密活動のような内容なら、機密を知るものが少ないほどそれを保つことが可能になる。
この問題は結局あなたと副長の信頼関係が大きく作用するのだが、取り敢えずは北緯48度線を超えるまでに考えることにして一応棚上げしておく。それまでに封緘を損傷したら重罪になるから、あなたは慎重に命令書を鍵の掛かる引き出しに丁寧に保管するだろう。
3-2 出港―艦首錨の固縛
前夜に「ワイブズを追い出せ!」という命令をして、艦内から女っ気はなくなっている。本来軍艦に女は乗せないのだが、水兵たちは停泊中いわば艦内に幽閉された状態で上陸も許されない。当然若者たちの欲望を発散する必要もあるのだ。規定によれば妻は停泊中本艦にその夫を訪ねることが可能だ。その制度を利用して、本当でなくとも女房と称して女を艦内に引き入れるのは長期停泊中の常道だった。それを黙認するぐらいの余裕がなければ水兵たちの欲望を発散させられないから、出港前にその「ワイフ」たちを追い出す必要があるのだ。水兵制度を維持するための悪い習慣ともいえるが、まあ日常的な習慣でもあった。
明るい陽のもとに、出港に好適な風が吹いている。出港許可を求める旗流信号を掲げ、許可の信号を得て揚錨を命令する。ウエスター(中甲板担当水兵)はもとより海兵隊員も含めた大勢がキャプスタンについてこれを回す。
本艦もそれに従って回頭し、ジブとスパンカーを揚げる命令を下す。やがて「起錨しました!」と声がかかる。本艦が投入した艦首錨の位置に到達したのだ。つまり本艦の真下に錨が直立した状態になったわけで、これから錨そのものを吊り上げることになる。6等級フリゲード艦でも艦首錨は1トンほどもあるから、巻き上げるには大変な力がいる。おまけにもう本艦は動き出しているのだ。やっと錨索孔近くまで吊り上げてから、キャットヘッドへの取り付け作業がある。
右の錨の図は現在のものだが、フィシャーマン形式の錨の構造自体は当時と変わらない。アームとシャンクからなる本体と、それと直角に交わるストックという腕棒が、当時は太い木製だった。これがあるので錨を直接錨索孔にぶら下げておくと船体に損傷を与えるから、艦首から斜めに突き出しているキャットヘッドに錨を移して船側に固縛する必要があった。
キャットヘッドから伸びたブロックの先端にある鍵を錨のシャックルに取り付けられた「グラビティ・バンド」のリングに通して引っ張る。こうして錨は水平になってアーム部分を船側に固定し、ストックの部分はキャットヘッドの下部に固定される。もちろん錨索はリングに結ばれたまま錨索孔へと伸びている。
この引き揚げた錨のグラビティ・バンドのリングにキャットヘッドから伸びたブロックの先にあるフックを取り付ける作業は非常に危険なのだが、その有様を描いたペン画がある。元海王丸の船長だった荒川博さんから頂いたギュンター・T・シュルツさんの「Sailing round Cape Horn」というペン画集の中の1枚だ。帆船Padueの、おそらく20世紀初頭ぐらいの絵ではないかと思われる。
このような錨の固縛を含む多くの危険な作業がベテランの水兵たちの手で行われて初めて本艦の運営が成り立っているのだ。「錨の固縛を終了しました」という報告で、まずあなたはホッとしただろう。
3-3 操帆訓練
やがて追い風を受けて各マストのトップスルとトガンスルを揚げるように命じると、本艦は飛ぶように走り出した。にんまりした航海長を横目にしてなかなかの性能を見せる本艦の走りぶりに満足するが、展帆のスピードがいま一つだ。戦闘中に展帆や畳帆のスピードが遅ければ命取りになることもある。あなたは副長に命じて何回かの展帆・畳帆訓練を科す。一番早いトップマンたちにはグロッグの割増しを約束した。
展帆や畳帆のスピードは技術も当然ながら、水兵たちをいかに早くヤードに取り付けるかにかかっている。何しろヤード1本に2,30人も取りつくし、一斉に作業を始めなければ仕事にならない。結局大勢がシュラウドに取り付き、フトックシュラウドを伝わってヤードに展開するまでの時間をいかに短くするかにかかってくるのだ。ぼくは帆船スター・フライヤーに乗ったときに、多分20世紀初頭と思われる帆船の展帆状況の映画を見たことがある。
ベテラン水夫がシュラウドに登るときの姿勢だが、風上舷のシュラウドに取り付いてから両手でステイをしっかり握り、尻を海側に大きく突き出す。つまり手と足の距離は極端に短くなる。そして足でラットラインを強く蹴る。一瞬体が浮くがその間に両手を交互に手繰って上に向かう。これを繰り返すのだが、まあ言ってみれば足でなく手で登るようなものだ。上に行くほど狭くなるから混雑するのだが、そこは上手くしたものでベテランほど早いからフトックシュラウドに着くころには自然に順番ができている。その映画を見ていると「ましら(猿)の如く」という言葉がよく理解できる。
こういった訓練は一日や二日で成り立つものではない。特に夜間の展帆や畳帆は天候の急変に対応するために欠かせない訓練で、本艦の乗組員はそれなりの技量を持ってはいるが、あなたの納得するまで訓練は必要なのだ。同時にトップマストやトゲルンマストの取り換え作業も訓練の一つだ。もちろん航走中にはできないが、長い無風時や待機時には行うことができる。戦闘や嵐でこれら比較的細いマストが折れることもよくあるから、これらの修復作業は必要だし、場合によっては航走中でも危険を冒して修復する必要も出てくるので、慣れておくことがどうしても必要なのだ
3-4 封緘命令の開封
イギリスを出港してイギリス海峡を南西に下り、フランス領を離れようとするころに見慣れた最後のフランス領のウェサン島が見える。その近くにはフランスの軍港ブレストもある。このあたりが北緯48度だ。日本でいえば北海道の宗谷岬よりもさらに北、樺太に入った位置になる。天測によって北緯48度を確認し、副長を呼んであなたは封緘命令書を取り出して封印を破る。それを確認させたのち、退室してよろしいと命じてあなたは一人で内容を読む。
これで「北緯48度線を通過後に開封せよ」という命令に従ったわけで、その点を副長にも確認させ航海日誌に記入する。こういった記録は後々何かあったときに大変貴重な記録になるのだ。命令書にはカリブ海艦隊に合流する前に、海賊のいると思われる島嶼(とうしょ)の偵察と、ある島である人物を艦に収容して艦隊司令部まで輸送するよう、その詳細な内容が記されていた。
狭い艦内で機密を保持することはほとんど不可能といっていい。おそらく北緯48度で封緘命令が開封されるということは全員が知っているだろう。「おやじ」からどんな命令が出るのかと全員が耳をそばだてているに違いない。あなたはすぐに副長を呼び、興味津々であなたを見守る副長に海賊がいるとおもわれる島嶼の偵察と、ある種の特定任務のあることだけを告げる。夜間にカッターを使うので熟練した水兵の選定と、指揮を取れる気の利いた士官の選定を命じておく。
3-5 日曜日の行事と戦時条例—刑罰
出港して数日後が日曜日だった。日曜日は休日なのだが同時に艦内の点検と礼拝の日でもある。隅々まで清掃された艦内を准士官と共に点検する。艦は航行中だが今日は天候も風もよくて日曜日よりだ。くたびれたロープがないか、大砲はきちんと固縛されているか、ギャレー周りが汚くないかなどなど必要な点検を行う。水兵たちの雰囲気もそんなに悪くない。航海長やボースンの目が行き届いているのだろう。特に火薬庫周りが清潔に保たれているかは、災難を事前に防ぐ意味でも大事な点だ。こうして点検を終え、上甲藩に手空き総員の集合を命じる。
まず牧師による英国国教会の礼拝をおこなう。これは抜かしてはならない行事で、異教徒がいようが関係なく行われる。乗組員の一体化を図るために必要と決められている。それが終わると恒例の戦時条例の読み上げをあなたが行うのだ。戦時条例の読み上げとは、どういうことをしたら刑罰の対象となるかを乗組員に繰り返し、繰り返し教え込むことを目的にしている。だから日曜ごとにあなたは飽きもせずに繰り返し読み上げなければならない。
その主な内容は、王室への忠誠と上官命令の順守、臆病の禁止、反乱の禁止、上官への抗命禁止、酩酊・勤怠の禁止、略奪の禁止、軍艦の故意の破壊の禁止、礼拝の義務違反、艦内の衛生と規律の違反とまあ多岐に渡る。実際には「・・・第24条、敵、反乱軍以外の船・物資を故意に焼失した場合は死刑に処す。第25条、航行上の重大な故意・過失により艦を難破させたものは死刑または相当の罰に処す。第26条、当直中に寝る、勤務を怠る、持ち場を離れる者は死刑または相当の刑に処す・・・」と延々と読み上げるのだ。
これを毎日曜日に聞かせるのは、例えば甲板につばを吐いただけで鞭打ち刑になると分からせる必要があるからだ。刑罰の多くは軍法会議で裁かれることになるが、比較的軽い犯罪は艦長の裁量で鞭打ちの回数を決める。前例があってどの犯罪には何回と常識的に判断できるのだが、かなり裁量の余地があり、艦長の人柄が現れる点でもある。
鞭打ち刑というのは公開処刑で、手空き総員が見守る義務がある。処罰者は格子蓋に括り付けられ、背中を裸にされて鞭で打たれる。上の図の通り多くの乗組員が立ち会わなければ刑の意味が薄れる。この刑に使われる鞭は特殊なものでキャット・オ・ナインテールズと呼ばれている。要するに「九尾の猫」ということで、右の絵のように、細いロープ9本で構成された鞭だ。処刑ごとに新しく作られるが、それを使うのは掌帆手(ボースンズ・メイト)と決まっている。
嗜虐性のあるものは別としていやな役割だが、気を抜くわけにはいかない。下手をするとそのことで刑罰を受ける可能性があるからだ。この鞭は広い範囲に傷を負わせるし、すぐに血だらけになるから、掌帆手はそれを指でさばき乍ら何回も鞭打つ。処刑には軍医も立ち会い、命に係わるようだとドクターストップをかけるが、規定の回数を減らせるわけではない。日にちを変えて規定数の刑をした例もあるという。また鞭打ち以外の刑罰、例えば船底を無理にくぐらせたり、海に落としたりといった刑もあったようだ。詳細は分からないが人権意識のない当時相当ひどい刑罰があったのは事実だろう。
軍法会議を経ないこういったいわば軽犯罪はほとんどが艦長の采配で行われる。もっとも艦長が直接刑を命ずることまれで、各下士官などが副長を通じて刑の申請をしてくることが多い。現代の常識では考えられないことだが当時はこういった刑罰が常道で、ただその事情が本当に申請通りであるかどうかを確認することで公正を保つことにもなる。
当時の水兵たちはこういった刑が行われることそのものに大きな不平があったわけではない。しょうがねえなと思っているにしても、その原因に過ちがあったり、どう見ても過剰だったり、人によって重さが違ったりという不公平には大変敏感だ。艦長の人柄が出るというのはそういった点での評価といっていい。艦の作業がうまくいっていれば当然処刑は少なくなり、またあってもその回数は少ないはずだ。懲罰簿を調べるという作業は、そういった傾向を見ることでもある。
なお、軍隊生活で犯罪は多くが軍法会議で裁かれている。戦時の会議では正規艦長5名が集まれば会議を開くことができたようだ。詳しいことには触れないが、一般の裁判所と違って軍事法廷である軍法会議の目的はあくまでも「軍規の維持」にある。そのためにこの法廷を維持する裁判官も、弁護人も全て軍人だ。だからやむを得ないと思われる事情があったにしても、例えば戦闘時に多少の逡巡があるとすればそれは「最善を尽くさなかった臆病な行為」と判断されて、将官といえども死刑に処せられることもある。あなたは一艦の艦長としてこういった背景は十分承知の上で本艦の指揮を執っているはずだ。
3-6 砲術訓練
戦闘艦であるフリゲート艦の強みはやっぱり大砲だ。本艦は6等級艦だから24門の9ポンド・カノン砲と4門の24ポンド・カロネード砲を積んでいる。艦砲としてはまあ小さい方だが、相手が同等以下なら相当の威力を発揮する。特にカロネード砲は艦首尾に備えてあって接近戦ではその威力が大きい。9ポンドというのは弾丸の重さで、4㎏を超える鉄の塊が火薬の勢いですごい勢いで飛んでくると思えば、やっぱり相当の威力だといえよう。おまけに片舷斉射といって本艦の場合、12門が一斉に弾丸を発射したとしたらかなりの威力があるのだ。
当時のカノン砲は右の絵のようなものだが、これは砲撃した直後の状態だ。つまり発射の反動で大砲がすごい勢いで後退し、駐退索がぴんと張って大砲を止めた状態といっていい。ここから新しく大砲を撃つための作業にかかるのだが、その作業には最低でも5、6名の砲員が必要だった。
砲が後退した直後、砲員の1人が大砲の砲口からウォームやスポンジを使って砲腔内を掃除する。前の火薬や「おくり」の燃え残りがあるからそれをちゃんと取り除かないと次の火薬を装填した時に爆発する恐れがあるからだ。スポンジは予め用意された海水桶の海水をしみ込ませたものを使用する。
それが終わったら、まずパウダーモンキーが持て来た装薬筒から装薬を取り出して装填する。突き棒できちんと奥まで装薬を押し込まないと発火薬が役に立たなくなるからこれは重要だ。更に弾丸を入れ、きちんと押し込んでから最後に「おくり(パッキング)」を詰めて弾丸が動かないようにする。
次にガン・キャプテン(砲手長)が大砲の上にある火蓋を開いて火門に火門錐を突きいれ、装填された装薬に穴をあける。これは発射薬の火がすぐに装薬に届くようにするためだ。その後で砲手長は火門に導火薬を入れて木製の棒で導火薬をきちんと押し込む。導火薬は非常に細かい黒色火薬で、砲手長が腰にぶら下げた火薬筒に入っている。
こうして発射準備が整い砲手長は「押し出せ!」と号令をかける。左右に分かれた砲員がサイド・テークル(大砲滑車索)を一斉に引いて砲を砲門から突き出す。もし左右に少しでも動かす必要があればハンド・スパイキー(梃子)を使って調整しまた大砲の角度は後ろにあるくさびを動かして調整するのだ。
もうこの時代になると発火の方法はフリント(火打石)方式になっていて、右の図のように引き綱を聞くことで火蓋の導火薬に火打石の火が移り、火門の導火薬から装薬に火が入り弾丸が発射される。もっとも火打石がいつも有効に働くわけではないので別の桶に火縄に火を入れて予備用に準備してはいた。
「発射!」の号令と共に弾丸が発射され、黒色火薬独特の黒煙が広がり、大砲はすごい勢いで後退し駐退索がぴんと張ってこれを止める。砲手長はすぐに火蓋を閉じるのだが、これは細い火門にゴミなどが入るのを防ぐ意味がある。
これまで述べた一連のややっこしい作業を経てやっと1回の発射ができるのだが、戦闘時にはなるべく多く敵艦に弾丸を送った方が有利になるのは当然だ。したがっていかにして発射回数を増やすかが問題になる。9ポンド砲は比較的軽量な大砲だから、例えば24ポンド砲や、戦列艦の下層甲板にある32ポンド砲などに比べれば取り扱いやすい。慣れない砲員が多いと1回の発射に5分も10分もかかったようだが、熟練すると2分間で発射できたという。戦闘時の艦の速度はかなり遅いが、対航する場合は仮に2分に1回としても片舷斉射する機会は2,3回だろう。自らも攻撃を受けながら砲撃するとなるとその回数が戦闘に決定的な要因となるのは明らかだ。
多くの経験でそれを身に染みて知っているあなたは、砲術訓練を飽くことなく乗組員に課している。それは正しい態度で砲員たちもベテランは十分それを知っている。特別に早いガン・クルーに数クラウンの銀貨を賞金として与えたり、標的の大樽を見事に仕留めたガン・クルーに余分なグロッグを配給したり、あの手この手で砲員の腕を上げるようなあなたの努力は尽きることがないのだ。
なお、砲術に関する資料は「海の風雲児Foxシリーズ第3巻(レバント要塞を死守せよ)及び第4巻(マリアの秘宝を奪取せよ)」に掲載されている高橋泰邦さんの「あとがき」から拝借している。